一億総活躍社会(定年と年金が逃げ水のように遠ざかる社会)での、仕事との関わり方について。

一億総活躍社会を作る、それが今の政府の方針です。

安倍晋三首相は1日付で年頭所感を発表した。「急速に進む少子高齢化、こびりついたデフレマインド、厳しさを増す安全保障環境。安倍内閣はこの4年間、全力を挙げて取り組んできた」と振り返った。そのうえで、政権の目玉政策である「1億総活躍社会」に触れ、「誰もが、その能力を発揮できる1億総活躍を作り上げ、日本経済の新たな成長軌道を描く」との決意を表明。

一方で、高齢者の定義を75歳からにしようなんて意見も出て、定年やら年金の支給開始時期やらに影響が出るとかでないとか。

日本老年学会などは五日、高齢者の定義を従来の六十五歳以上から十歳引き上げ、七十五歳以上とすべきだとの提言をした。社会の担い手としての期待が高まるが、年金の支給開始年齢引き上げなどにつながる可能性もある。

75歳からて…(´・ω・`)

そりゃ元気なおじいちゃんおばあちゃんもいるけど、75歳近辺て、健康年齢じゃなかったっけ。動けなくなるまで働けってことかしら。

男性なんて平均寿命が80歳で、その5年前まで働けっていうのかしら(まあ65歳の平均余命で考えれば男性で20年近くあるみたいだけど、それでも85-75で10年だよね)。

少子高齢化による社会福祉費用の増大に備え、今の日本は、「生きている限り働け」という風潮になってきつつある感じです。

新しい条件で逃げ切り計算機にかけてみる

しかしこうなってくると意地でも働きたくなくなるのが、社会不適合者の社会不適合者たるところ。

「あーもうわかったハイハイ年金は75歳からで4割カットね!それで逃げ切り計算してみたるわ!」と思ってやってみた結果がこちら。↓

現在の年齢4X歳
現在の貯蓄額ピー円
年間利息0.3%
年金支給開始までの年間支出額ピー円
年金受給開始後からの年間支出額ピー円
年金受給開始年齢75歳
受給年金の月額7万円
年間インフレ率1.5%
受給年金額のインフレ連動「しない」
の条件でシミュレートします。

試算の結果、あなたは、86歳までは生きられそうです

おっしゃー見たかー!

85歳まで逃げ切ったるでー!! ←なぜか似非関西弁

(常々言っているように、わたしは85歳まで生きられればそれで十分で、むしろ健康年齢を過ぎてあんまり長生きできると思ってないので)

まあ、アレです。

インフレの数値をちょっといじれば、結果なんてコロッと変わってしまうんですけどね。

安心したところで、一億総活躍社会について再考してみる

と、一応の安心を得て冷静になったところで(無理やり安心できる数値を叩き出したとも言う)、一億総活躍社会というものについて、冷静に考えてみます。

少子高齢化で、働く若者が減って、働かない老人が増える。働く若者の負担は増すばかり。

生きていくのが精いっぱいで結婚・子育てに回せる資金がない若者が増えれば、少子化はますます悪化。

悪循環です。日本、お先真っ暗です。

そうなるよりは、働ける老人には、年金をもらって暮らすだけの生活はちょっと先延ばしにしてもらい、働いて若者の負担を減らしてほしい。

この流れは至極当然でもあります。

個人的には、取れるところからもっと取れや~タックスヘイブンとか取り締まれや~と思いますけれども、それにも限界があるかなという気はします。

少子高齢化という現象と、それによる人口比率自体の問題なので…。

少子高齢化が究極まで進むと、日本人という人種の存続が危うくなるので、どこかで少子化に歯止めをかける必要があります(個人的には、少子化が自然現象ならば滅びても仕方ないのかな、と思う部分はありますが)。

その対策の一つとして、若者の負担を減らすために、働ける高齢者に働いてもらう、というのは、アリなんじゃないかなと思います。

というか、もう日本は、そうしないといけないギリギリの段階まで来ている気もします。

「定年まで我慢して、定年から第二の人生をエンジョイする」という生き方の終わり

わたしたちの(40代後半の)親世代までは、辛くても苦しくても我慢して会社員や公務員として定年まで働き、定年から後は、退職金と年金をたっぷりもらって悠々自適に暮らす、というのが人生の一般的なモデルだったと思います。

でも今は、そういう生き方ができるのはごく一部の高給取りさんだけに限られてきたようです。

退職金は年々少なくなっていると聞きます。

うちの会社も、「会社名 退職金」で検索すると高額なデータが出てきて、一世代前は相当もらっていたんだなとわかります。でも今はどうかというと、辞める前にシミュレーションした退職金の金額は、定年まで勤めたとしても雀の涙と言っていいレベルのものでした。

年金は、これまで書いてきたような有様です。支給開始年齢の後ろ倒し、減額、などなど。

一世代前に比べて、老後の環境は一変したと言えるのではないでしょうか。老後破産、下流老人というキーワードが世間をにぎわせるのも当然です。

「定年まで忠実に勤めれば会社も社会も報いてくれる」というのは、今や幻想。

じわじわと伸びていく定年や、だんだん支給開始が後ろ倒しされてゆく年金は、近づけば逃げる蜃気楼と同じです。

わたしたちが頑張って頑張って会社や社会に身を捧げても、会社にも社会にも、それに報いる力がもうないのです。

一生働き続けるのなら、せめて自分を犠牲にしない働き方を

この状況下で、好きでもない仕事で会社や社会に尽くす社畜であり続ける意味は、あるのでしょうか。

わたしにはとても無理でした。65歳定年でさえも、今の仕事のまま勤め続けるのは無理に思えたのに、それがさらに伸び、「働ける限りは働け」となると…耐え忍ぶのにも限界があります。

おそらく、今の働き方に満足している少数の人を除き、普通に「生きるために我慢して働いている」人の多くは、同じなんじゃないかなと思います。

死ぬまで我慢の人生とか、普通に考えて、イヤですよね。

我慢は身体にも良くないし、なにより、心を歪めてしまいます。歪められた心は、いつか、たいていは自分にも周りにも良くない結果をもたらす形で、爆発してしまうでしょう。

そんな悲劇を避けるための一つの手段として、「自分を犠牲にしない働き方を選ぶ」というのがあっていいと思うのです。

おそらく今から数十年先くらいまでの日本では、「一億総活躍」の号令のもと、これまでより長い期間、働くことが求められてくるでしょう。

だからこそ、もう自分を犠牲にして会社や社会のために尽くす働き方はやめて、より我慢しない、より自分に合った働き方で生きていくことが、必要になってくるんじゃないでしょうか。

セミリタイアという生き方も、そのうちの一つだと思います。

早期リタイアと一億総活躍社会

さてここで、早期リタイアと一億総活躍社会について。

早期リタイアは、基本的には職を辞して以降は働かない生き方を意味すると思いますが、「絶対に働いてはいけない」ということでもないと思うので、好きな働き方で働くという選択肢はあっていいと思います。

わたしがかねてより理想と考えている、「遊びながら働く」というやつですけれども。

生きるためではなくて、やりたいことをやりたいようにやる。それを仕事にできれば、最高ですよね。

これなら、生きている限り続けても全然オッケー。

というより、死ぬまで一生、やり続けてもよいことだけを仕事にするべき、なのかもしれません。

もちろん、もともとの定義の通り一切働かない、という選択肢もありだと思います。

日々生きていくうえで消費行動をして経済を回し、税金も社会保障費も負担しているという点で、働く人に準ずる社会への貢献は果たしていると言えると思うので。

また、今後マイナンバーによる個人資産の把握をもとに、資産税なども検討される可能性があるでしょうけれども、もし資産税を取られてでも暮らしていけるなら、社会にはもうそれだけ十分に貢献済みだ、ということでしょうから。

え、わたしですか。わたしはたぶん資産税を取られたら、日々の暮らしがかなり苦しくなりますね。節約に努めるか、逃げ切り期間の短縮を甘んじて受け入れるか、悩むところです。

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コメント

  1. 有益な情報ありがとうございます。たいへん参考になりました。
    人気ランキングのバナー「応援クリック」させていただきました。
    また共感できる内容も多々あり、わたしのブログ運営にも役立ちそうです。
    これからも拝見させていただきます。

  2. 望郷 より:

    コメントありがとうございます。また、応援クリックありがとうございました!
    お役に立てたなら何よりです。