お地蔵さんの大慈悲の心、甘く見てはいけません。

悲しいニュースが、またありました。

彦根市の公園のほこらにあった地蔵がなくなった事件で、22日、公園近くの川に地蔵が沈んでいるのが見つかり、警察は、何者かが川に投げ入れたとみて、窃盗などの疑いで、引き続き、捜査しています。
今月13日、彦根市長曽根南町の公園のほこらにあった地蔵がなくなっているのがわかり、ほこらの木製の壁、数か所には「日本死ね」と彫られた落書きが見つかりました。警察は、窃盗と器物損壊の疑いで捜査を進めていましたが、22日の午前0時ごろ近くを通りがかった男性が、公園のそばを流れる平田川に地蔵が沈んでいるのを見つけたということです。

よくまあ、こんな申し訳ないことをできるもんだなと…。こんなことができる人の心の中は、いったいどうなっているのかと考えてしまいます。

目立ちたいだけの悪戯なら、馬鹿だけど、まだ可愛いものです。ホント馬鹿だけど。小学生低学年レベルだけど。

まあ、大目玉とか拳骨とか飯抜きの罰とかを食らって、泣きながら「こういうことをしてはいけないんだ」と覚えていく悪ガキのレベルだと思います。

でももしそうではなくて、本気で悪意のもとにこういうことをしたのなら、その心は決して平穏なものではないでしょう。

人間、自分が平穏な状態だと、誰かや何かを傷つけたり乱暴に扱ったりする気にはならないですから。

「子供は、自分がされたようにするようになる」と言いますが、人間てそういうものだと思います。人からつらく当たられ続けたら、人につらく当たるようになる。日常的に怒鳴られ続けたら、すぐ怒鳴る人になる。

これは身体的にか精神的にか、現実にそれがあったかどうかなどはともかくとして、本人が「そうされたと感じた」ことを「そのようにするようになる」というところがポイントかと思います。

だから祠に悪意の文字を刻んだり、お地蔵さんを川に投げ捨てたりできる人は、誰かに悪意で切り刻まれたり、冷たい水の中に投げ捨てられたり、そんなふうに扱われてきた(と感じている)と思われます。

お地蔵さんにこんなことをするなんて罰当たりな、という声もあるかも知れませんが、それ以前に、すでに心が罰を当てられたような、地獄の中にいる状態なわけです(そもそも仏教の教えでは「因果応報」で、自分のしたことの結果は自動的に自分に返ってくる)。

たとえ表面上は「ヒャッハー!」なノリで犯行に及んだとしても、こんなことができる時点で、心の荒みようは明らか、言わばパンチドランカー的な状態であることは明らかです。

ただ、ここがお地蔵さんというか仏教のすごいところなんですが、こういう、心がすでに地獄にいるような人をこそ、放っておけないんですよね。

仏教の教えは「抜苦与楽」と言って、苦しみを取り除いて幸せにすることを目的にしていると言われます。

苦しんでいる人こそ助けたい相手なわけです。

特にお地蔵さん、地蔵菩薩は、地獄で苦しんでいる人を放っておけずに、一緒に地獄まで堕ちてでも、どこまでも寄り添っていてくれる。そういう菩薩様だそうです。

大地が全ての命を育む力を蔵するように、苦悩の人々をその無限の大慈悲の心で包み込み、救う所から名付けられたとされる。

(中略)

菩薩は如来に次ぐ高い見地であるが、地蔵菩薩は「一斉衆生済度の請願を果たさずば、我、菩薩界に戻らじ」との決意でその地位を退し、六道を自らの足で行脚して、救われない衆生、親より先に世を去った幼い子供の魂を救って旅を続ける。

幼い子供が親より先に世を去ると、親を悲しませ親孝行の功徳も積んでいないことから、三途の川を渡れず、賽の河原で鬼のいじめに遭いながら石の塔婆作りを永遠に続けなければならないとされ、賽の河原に率先して足を運んでは鬼から子供達を守ってやり、仏法や経文を聞かせて徳を与え、成仏への道を開いていく逸話は有名である。

このように、地蔵菩薩は最も弱い立場の人々を最優先で救済する菩薩であることから、古来より絶大な信仰の対象となった。

(お地蔵さんは子供が好きで、子供がお地蔵さんで遊んでいたのをとがめた大人が、逆にお地蔵さんに叱られるなんて民話もありましたね。)

一緒にいるだけで何もしないのかというと、もちろんあの手この手で救い出そうと導いてくださるんでしょうけれど、でも一番のポイントは、どこまでも見捨てず寄り添う、というところにあるんじゃないのかな、と思います。

例えば、病気や気分の落ち込みで弱っている時に、いつもは(ごはんの時以外)呼んでも来ないような飼い猫が、そっと寄り添ってきてそばにいてくれた、そんな経験はないでしょうか。

わたしはあるんですが、嬉しいんですよねこれが。別に何にも状況は好転してないんですけど、それでも嬉しい。

ただ、そばに寄り添ってくれる存在がいるだけで救われる、人間はそういうところがあるんじゃないかな。

ちょっと話がそれましたが、お地蔵さんは、そういう、途方もない大慈悲の菩薩様。

だから、今回のような件でも、自分が川に投げ捨てられたことよりも、川に投げ捨てた人の心の荒みよう、その地獄の有様にこそ心を痛めて、何とか助けたいと思っていらっしゃったりするんじゃないのかな…なんて、思います。

最低最悪のご縁ではありますが、これも一つのご縁。

この犯行に及んだ人も、お地蔵さんがどんな菩薩様かを知って、少しでも心に何かを感じてくれたら、と思います。

※これ推敲して明日公開しようと思ってたんだけど、うっかり公開しちゃったからそのままにしとくね(´・ω・`)

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