あれ円高になるはずじゃ…→大統領演説を読む→国の機能とグローバリズムについて考える

あれ?
いつの間にか、トランプさん大統領になっちゃってなっておられますね。

直前まで、暗殺騒ぎとかデモ活動とかあったようですけれど、ともかく何事もなく無事、就任されたんですね。

トランプさんの大統領就任演説

そうすると為替は…あれ?
1ドル114円て、ほぼ無風じゃないでしょうか。

トランプさんってドル安政策を取るんじゃなかったでしたっけ。
もう織り込み済みだった?

おかしいなあ。トランプさんが就任演説で「円安許さん」とか言って、すぐに円高になるかな~、って思ってたんですけどね。

株価はちょっと下がったのかな?でも、大したことはない感じですね。

今回はトランプさん、具体的な政策には言及しなかったんですかね。

ということで、ちょっと、トランプさんの就任演説を読んできました。

私たちは2つの簡単なルールを守ります。アメリカのものを買い、アメリカ人を雇用します。私たちは、世界の国々に、友情と親善を求めるでしょう。しかし、そうしながらも、すべての国々に、自分たちの利益を最優先にする権利があることを理解しています。私たちは、自分の生き方を他の人たちに押しつけるのではなく、自分たちの生き方が輝くことによって、他の人たちの手本となるようにします。

あれ~なんかとてもまともで普通なことを言っている気がする…。

まあ、はっきりと「保護主義」を前面に打ち出して、アメリカファーストで行くと言っていて、その上での世界との友情と親善だというわけですが。

国の役割=本来、自国民ファースト

でも、本来、国というのは少なくともある程度はそういうものですよね。

何のために国があるかということを考えれば、それはやっぱりまず、その国の国民のためにあるわけで。

グローバリズムはそういう国境を超えて、みんなで一緒に繁栄をめざしましょうという形を取っていたんだと思うんですが、残念ながら国境を越えて広がったのは経済的支配力で、富める者がより富を集めるシステムを、世界中に張り巡らせただけだった…。

その反動として国内保護主義が台頭するのは、ある意味、当たり前の反応なのかなと思います。

なんだろう。

国が、というか国を率いる政治が、一部の人々と一緒になって、彼らの視点で仕事を始めたら、それはもう国としての役割を果たせていない。それは単なる、力関係に依存した(今の場合は経済的な力)一方的な支配になってしまうと思うんですよね。

国は、政治は、まず国民全部のためにあってほしい。そうでなければ、見捨てられたほうの国民は、革命を起こして政治を変えるか、または、国を捨てるしかなくなる。

(ブレグジットやアメリカ大統領選で起きたことは前者の一種で、今の日本でより起こりやすいのは、後者だと思っています。)

ただ、そうした国の「自国民ファースト」という行動原理は、その内部にいる人にとっては良くても、外部にいる人つまり外国の人にとっては、必ずしも良いとは言えません。

国同士の「自国民ファースト」がぶつかり合うところに国家間の争いが起こり、それは最悪の場合、戦争につながるわけです。

そこで自国内だけじゃなく世界に目を向けよう、世界を一つとして見なそう、という「グローバリズム」の流れが起きてきた。

グローバリズムはなぜ否定されたか

でも現在、その流れは否定され、再び各国が内向きになろうとしている。それはなぜなのか。

国の垣根をとっぱらって、全体として一つになる。大いに結構。

ただ、人間や国が行動を起こすうえで、優先順位はどうしても生じます。

今日着ていく服、今日出かける先、たくさんの仕事のうちどれから始めるか、自由にできる時間を誰と過ごすか、etc、etc…。国なら、どんな政策を優先して行うか、どの問題から手を付けるか、どの国との外交を優先するか、等々。

優劣をつけないと、行動できないんですよね。そして優先順位を決めるためには、基準が必要。

今回グローバリズムが提唱され、国が「自国民ファースト」を超えた基準を必要とした時に、選ばれたのは「経済の視点」でした。

どうすればより経済的に発展できるか、という視点。

経済的な豊かさは生理的欲求・安全欲求を満たすという点で、幸福に向けた一つのステップとなりえるので、この基準も決して間違いではなかったと思います。

ただ、最優先してよい基準でもなかった。

経済的な豊かさだけでは、人間は幸福になれないし、「神経症的な欲求」が混ざっていれば、いくら満たしても満たされない状態が続く(トリクルダウンが機能しなかったのは、まさにこの「神経症的欲求」のせいだと思います)。

「無限の消費と発展を求める社会は、人々を、地球を疲弊させる。発展は幸福のためになされなければならない」。"世界でもっとも貧しい大統領"として知られるウルグアイのムヒカ大統領が、2012年のリオ会議(地球サミット)で行った名スピーチです。

昔の賢明な方々、エピクロス(古代ギリシャの哲学者 快楽主義の祖)、セネカ(小セネカとも:古代ローマの哲学者で、皇帝ネロの家庭教師を務めた)やアイマラ民族(南米の先住民族)までこんなことを言っています。「貧乏な人とは、少ししか物を持っていない人ではなく、無限の欲があり、いくらあっても満足しない人のことだ」。

(中略)

発展が幸福の対向にあってはいけないのです。発展というものは、人類の本当の幸福を目指さなければならないのです。愛、人間関係、子供へのケア、友達を持つこと、そして必要最低限のものを持つこと。幸福が私たちにとってもっとも大切な「もの」だからなのです。

グローバリズムの否定という、いま世界で起きている流れの原因の一部は、

・各国の「国としての機能」の上に、最優先すべきではない基準「経済至上主義」を位置づけた点

・上記の結果、一部の人々の「神経症的な欲求」に歯止めをかける術を持ちえなかった点

にあると思います。

次のグローバリズムに必要なもの=経済至上主義ではない「基準」と、世界の「国としての機能」

経済的な発展を最優先した故に、国を超えてみんなで幸福をめざそうとしたはずのグローバリズムは、一部の豊かな人々、「無限の欲があり、いくらあっても満足しない」=「神経症的な欲求」に取りつかれた人々の、より富を追求する行動に押し流されてしまった。

また各国が「自国民ファースト」という行動原理をひとまず横に置いたために、国民を守るという国の役割も機能せず、多くの人々が無防備に搾取される状況ができあがってしまった。

まだ世界は、国の垣根を取り払って一つになる準備ができていなかった、ということなのかも知れません。

だからここで、今一度、各国が国としての機能を取り戻し、まず自国民を大切にする政治に向かう、というのは自然な流れなんでしょうね。

本当はグローバリズムを、ムヒカさんのいうように「経済ファースト」ではない別の基準のもとに(もちろん経済的視点も一部として含めて)進めていくのが、一番良かったんでしょうね。

そして各国が「自国民ファースト」をやめる代わりとして、世界全体が一つの国のように振る舞い、一部の人々の「神経症的欲求」に歯止めをかけ、全国民の幸福を考慮した政治を行う国として機能するようになることも、必要だったと思います。

保護主義からグローバリズムへ、そしてグローバリズムから保護主義へと揺れ動いている世界の流れからして、またいずれ、グローバリズムが提唱される時が来るのでしょう。

その時には上記のような、新しい基準と、世界の「国としての機能」が求められていくのかなあ、と思います。

それはさておき

ところで、トランプ大統領爆誕による、わたしのお財布への影響ですが…。まあ、トランプさんの政策が具体化していく、これからに注目ですね。

とりあえず今は、去年の年末に比べれば円高ですが、まだまだ110円台で円安の範囲ですし。

がったーんと来るにせよ、じわじわと来るにせよ、方向としては円高に向かうんじゃないかと思っています。

個人的には、円高が進んで100円、90円とかになってきたら、ドルや米国株を買い足していきたいな、とチャンスを待っている状態です。

そのために、年末に円転しておいたので…。

このまま中途半端な円安が続くと、買いもできず売りもできず、ドル資産の評価額が微妙に下がったままになるので、ちょっと(/ω\)イヤンな感じですね。

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