早朝に目覚めたら何故か落ち込んでいたので、二度寝することに決めた件。

今日は朝5時半くらいに目が覚めました。
最近、早起きできていない!と騒いではいたものの、さすがにこれは早すぎです。
でも何故か二度寝する気にもならず、布団の中でスマホぽちぽちネットサーフィン。
某掲示板を流し読みしながら、何となく思ったこと。

なんか今日は、落ち込んでるな~。

今日はお休みで、何をしてもいい日。
何で私は落ち込んでいるんだろう?

落ち込む材料を探してみたところ、
・円高で、投資した株などの評価が下がっている。
・昨日、ネトゲで強敵に挑戦して、負けた。
というのが浮かび上がりました。

はい、どっちも大した理由ではアリマセン。

円高は永遠に続くものではないし、続いたところでリスク分散はしてあるから大丈夫。資産が減るのは悲しいけど、絶対減らない保証のある資産なんてないのですから、そこは嘆いても仕方のないところ。

ネトゲのほうは・・・まあ、撒けたら悔しいですよね(笑)。負けず嫌いは向上心につながるので、悪いことではないですが。

それにしても、これで落ち込めるとは、なんとも平和な頭だなあと、我ながら思います。

こんなことで落ち込んでいても、それこそ「馬鹿の考え休むに似たり」、寝ていたほうがマシというものなので、やっぱり、二度寝しようかなあ。

世の中に、寝るほど楽はなかりけり

そういえばこんないい歌がありました。
むかしよく、親が布団に入る前に口にしていましたっけ。

「世の中に 寝るほど楽はなかりけり
浮世の馬鹿は 起きて働く」

あ、これは別に、無職を礼賛して働く人を馬鹿にした歌ではないと思います。
「世の中に、寝るほど幸せなことはない。なのに起きて働かなきゃいけないとは、まったくこの世は憂き世であり、自分も含めて馬鹿ばっかりであることよ。」
という、自嘲を含んでこの世の憂さを笑う歌なのではないかと。

または、
「世の中には寝るほど幸せなことはないのだから、わざわざ必要以上に頑張って働くことはない。無理して働いてこの世を憂き世にするのは馬鹿らしいから、やめましょうよ。」
という、ほどほどライフを勧めた歌ともいえるかも。
うん、そうですね、こちらのほうが私好みの解釈です。

さてでは、学術的に正しく読み解いてみると、どんな意味なんでしょう・・・?
とぐぐって見たところ、ネット上には、まじめに研究した論説はないようでした。
大学時代は国文学をやっていたので、少しばかり興味がわいたのですが。
面白そうなテーマなのに、残念です。

江戸時代の読み人知らずの狂歌らしいです。
用語の意味って、今使われている意味とマッタク同じとは限らないんですよね。
江戸時代には、「寝る」とはどういう意味だったか。
「楽」は、どういう意味だったか。
「起きて働く」、「浮世の馬鹿」は・・・。

まあ、言葉の意味はつきつめていえば一人ひとり認識が違っていたりもするので・・・
あくまで、一般的に言えば、ということしかわからないのですが。(笑)

リタイアのいいところの一つは、たぶん・・・

休日のいいところは、とにかく時間があることですね。

こうやって落ち込んでいるときでも、そういう自分にとことん付き合って、多少浮上するところまで持っていける時間がある、ということ。

時間のない平日は、落ち込んでいようがナンだろうが、とにかく時間までに出社する義務があるし、心配事があろうがなかろうが、必要な書類は作らなきゃいけないし、必要な会議はでなきゃならない。
(もちろんそれで気がまぎれるというのは、重要な効用だとは思いますが。)

リタイア後は、そういうものから解き放たれるわけです。
落ち込む自分にも、とことん付き合ってあげられる。
これって、かなり、重要なことだと思います。
自分が自分らしくいるために。
そして、変なもやもやを残して他人にやつあたりしたりしないですむために。

人が「怒る」ときって、大体はやつあたりだったりするんですよね。

子供が火遊びをしているのを止めるときのような、「危ないからそんなことはしちゃだめ!」という「怒り」は、違います。
それに、道義的に見てあきらかにおかしい事柄に怒るときの「義憤」も、違います。

そういう、対象自身が危険な目にあいそうだったり、対象が他人に危害を加えたりしそうな場合の「怒り」を除いた、大抵の「怒り」の正体は、「やつあたり」です。

そして「やつあたり」はつまるところ、
自分が自分にちゃんと向き合ってあげない、
つきあってあげないことから生ずるものだと思います。

(もちろん、他人であっても、自分にとことん向き合ってもらって、つきあってもらえていれば、「やつあたり」なんて生じないとは思います。
ただ、そこまでしてくれる他人は希少ですし、いつもいつもというわけにもいきませんからね。)

だから自分が自分に付き合う時間があること、
馬鹿げたことであろうとも、落ち込みの理由や悩みの中身をとことん聞いてあげること、
これはすごく大事なことです。
世の中を平和に保つために。
(この「世の中」というのは、自分の身の回りの人間関係という小さな世界もそうだし、地球上、それ以上まで含めて、です)

リタイアのいいところの一つは、たぶん、
そういう時間を自分のために、そして時には親しい人のために、
取ることができることじゃないでしょうか。

さて。

こうやっていろいろ書いたり考えてたりしているうちに、
落ち込んでいた最大の理由というか、根本的な理由が見えてきたのですが、
それについてはまた、別の機会に。

「世の中に、寝るほど楽はなかりけり」

今日のところは、この言葉とともに、二度寝させていただくことにします。
それではまた。

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